イベントルポ「第2回オンライン証言会-16歳の三宅さんと出会う」

2020.06.04

5月30日に第2回オンライン証言会を実施しました。今回は16歳のときに広島で被爆した三宅信雄さんにお話しを伺いました。被爆した当時の年齢と近い生徒・学生と交流してほしいという思いから、三宅さんとのzoomを通じた交流は生徒・学生に限定し、一般の方はYouTubeでライブ配信しました。

今回は当日三宅さんのお話を聞けなかった方のために、三宅さんの証言のまとめてみました。

空襲を避けるため、家族で広島に

−1945年8月6日までのことを教えてください。

三宅さん16歳ごろの写真(腕を組んでいる左側)

私は広島生まれですが、高校生までは東京に住んでいました。しかし、東京大空襲などがあり「ここにいては危険だ」と両親が思い、広島に戻ってきました。日中は工場で働き、夕方になると工場内で1、2時間くらい授業を受ける毎日でした。

8月6日、三宅さんが見た広島

−8月6日も工場で働いていたんですか。

8月6日は珍しく工場が休みでした。工場の寮で生活をしていたので、市内に住んでいる母に会いに行こうと電車に乗りました。最寄り駅まで乗り換えなしで行ける電車に乗りたかったのですが、なかなか来ないので、乗り換えのある電車に乗りました。

やっとの思いで満員電車の後方に乗りました。しばらくすると、突然、電車がショートしたと思うほどの光が襲い、思わず電車から飛び降り地面に伏せました。その直後に爆風を浴び「もう死ぬんだ」と思いましたが、咄嗟の判断で電車を飛び降りたことで、奇跡的に助かりました。

しばらくして目を開けると、何もかもが壊れた広島の街がそこにはありました。

そして、母を探すために自宅方面に向かって街を歩きました。母は、建物の下敷きにされていましたが近くの人に助けられ、無事に再会することができました。爆心地からは火の手があがり、「ここにいては危険だ」と思い、母を半分背負って広い場所を目指して歩きました。そのときに通りかかった幽霊のような皮膚のただれた人たちのことを忘れることはできません。まさに地獄でした。母を病院へ送り、鼻や耳に詰まったチリやホコリを落とそうと川に行くと、数えきれない人が折り重なっていました。

そこから記憶がプツンと途切れ、次に覚えているのはその日の夕方です。宮島方面にある祖母の家にたどり着いたのは7日の朝でした。そのようにして、私の8月6日が終わったのです。

広島から逃げるように東京へ

−三宅さんは戦後、なぜ東京にうつったのですか。

電車に乗っていたけど、奇跡に助かった。あの地獄のような光景を見た広島にはいたくないという思いから、広島からなるべく遠い場所に行こうと、東京の大学に進学し、就職し、結婚しました。広島からは物理的にも、精神的にも離れたかったのです。

「私もなにかしないと」

−広島と距離をとった三宅さんがなぜ証言を始めたのですか。

証言活動は50歳を過ぎたころから始めました。

1980年代の初め頃、東京の被爆者団体に入り、東京にいるたくさんの被爆者に会いし、いろいろな話を聞きました。また、その最中、核兵器の開発がどんどん進み、広島・長崎の原子爆弾よりも威力の高い兵器が次々と作られました。そんな中で自分は広島から逃げ、口を閉ざしてきた人生に自責の念に駆られました。

「私もなにかしないと」という思いから、人の話を聞き、書籍を読み漁り、国内、国外問わずに証言活動を始めるようになりました。

2015年にはギリシャの国会でも証言を行った

核兵器は今の問題であり、未来の問題

−最近の核軍縮の状況をどのように感じていますか。

1970年にNPT条約ができてから、核軍縮が進むかと思いましたが、この不平等条約の下では、核兵器の数は減っているものの廃絶までは程遠いものでした。核実験なども含めて、世界には被爆者が約300万人いると言われています。

このままではいけない、という思いから世界中の市民団体がたくさんの行動を起こし、2017年に核兵器禁止条約が成立しました。現在は37ヵ国が批准しており、あと13ヵ国の批准で条約が発効するところまできています。今も世界には、核兵器は国の安全を守るために必要だという国もあります。

核兵器を巡って必要、不必要と意見が二分しています。しかし、私の話は75年前の昔話ではありません。核兵器のことは広島・長崎で終わってはいません。核兵器は今の問題、未来の問題であると理解しながら、お話を聞いていただいて、ぜひこの話を風化させないで、引き継いでもらいたい。お願いします。

16歳のときに体験したお話を丁寧にしていただきました。そして91歳とは思えない力強いメッセージ参加者・視聴者に向けて発信されていました。年の近い生徒・学生たちにとって、原爆がどれほど恐ろしいものか、三宅さんがどんな思いで今まで生きてきたのかをより臨場感を持って伝えることができました。

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