核兵器禁止条約50ヵ国批准達成!合同記者会見

2020.10.30

核兵器禁止条約50ヵ国批准達成 合同記者会見!

10月26日に日本被団協と共催で合同記者会見を行いました。10月25日にホンジュラスが核兵器禁止条約に批准し50ヵ国を達成しました。ヒバクシャ国際署名の国連提出の報告および今後の予定、また、被爆者の方から50ヵ国批准を受けてのコメントを頂きました。

国連総会へのオンライン提出

9月18日までに集まった1261万2798人分の署名は、オンラインで国連へ提出しました。新型コロナウイルス感染症の影響で街頭での署名活動が行えない中、各団体がオンラインでの呼びかけを行ったり、アメリカの団体が積極的に署名集めを行ったりして、これだけの数が集まりました。核兵器禁止条約50ヵ国の批准を受けて、2020年内まで署名活動を延長することを決め、最後の提出は来年1月を予定しています。まだどのような形で誰に渡すかなど詳細は決まっていませんが、国連と協力してイベントなどを実施する計画を立てています。

中満泉国連事務次長(国連軍縮上級代表)よりメッセージ

オンラインでの提出を受けて、中満国連事務次長よりメッセージをいただきました。
毎年、被爆者の方から署名を受け取ってくださり、温かい言葉を頂いています。

「新型コロナウイルスの影響で、例年通り実際に国連本部で受け取ることはできませんでしたが、それで被爆者の方々の想いの大切さやこの署名の緊急性と重要性が減るものでは決してありません。みなさまの証言は国連やその他の場での数えきれない核軍縮の会議で役だっています。この目録にある素晴らしい署名の数は、みなさまのメッセージの強さを示しています。核兵器禁止条約がまもなく発効されることは、みなさまの努力のたまものです。」

◆動画全編はこちらから

中満泉 国際連合事務次長よりヒバクシャ国際署名へのメッセージ

田中熙巳さん(ヒバクシャ国際署名連絡会代表/日本被団協代表委員)

核兵器廃絶の運動を始めたのは40歳ごろでしたが、核兵器を被爆者の力で無くす、被害について国に償いをさせる、お互いが元気に証言をしていけるように励まし合う、という3つをやり続けようと決心しました。核兵器を禁止する条約が必要だということはずいぶん前から訴え続けており、ことあるごとに国連へ訴えてきました。それが75年経ってやっと発効されることはとても嬉しいです。今後は核兵器禁止条約に日本政府が署名・批准する活動をしていきたいと思っています。

児玉三智子さん(日本被団協事務局次長)

50ヵ国達成を聞いたときに一番最初に思ったことは、75年前にわたしの腕の中で亡くなったいとこのお姉ちゃんのことです。次に日本被団協の代表委員と顧問であり、9月に亡くなった岩佐幹三さんの顔が思い浮かびました。もうちょっと生きててくださっていたら一緒に喜べたのになあと思いました。最後に思ったのは、50ヵ国の中に「日本」の名前がないことです。今からでも遅くないので、批准してほしいし、批准させたいと思います。また、核保有国の中にも「核兵器はいらない」という市民の声が出始めているので、そういった場所でもっともっと証言をして、被爆の実相を知ってほしいと思います。さまざまなことをやりながら日本政府への訴えを続けていきます。

和田征子さん(日本被団協事務局次長)

最近は毎日、起きたときに「また批准国が増えているんじゃないか」と楽しみな思いで過ごしてきました。昨日、批准が50ヵ国を達成したと聞いたときの喜びは本当に大きいものでした。日本政府は安全保障のための核抑止論だと固執していますけれども、核抑止論では使用の危機が払拭するものではありません。本当に廃絶されなければと思い、被爆者は長年国際法としての成立を望み、活動してきました。条約の発効により、核兵器は国際法として悪として定められるわけですから、また日本政府への要請を強めていかないといけません。2017年に国連でコスタリカのホワイト議長に署名をお渡したときは296万人分でしたが、今は1200万以上の署名が集まりました。これだけ多くの方の協力があって、今日の日があります。国を変えるためには、県や市を変えないといけませんので、今後は地域に根差した運動を行っていきます。

濱住治郎さん(日本被団協事務局次長)

私の父は8月6日の朝に会社に行ったきり、そのまま帰らぬ人になりました。父に繋がるたくさんの人がその年だけで亡くなられています。私は「お父さん、75年経ってやっと核兵器禁止条約ができましたよ」と伝えたいと思います。今日まで被爆者運動を続けて来てくださった先達の皆さんに、その歩みに対しての感謝と、その意味を改めて私たちは考えなければいけないと思います。ヒバクシャ国際署名の活動は2016年から始まりましたが、50ヵ国達成と歩調を合わせて今日を迎えられたことを、とても嬉しく思っています。コロナ禍の中で、ヒバクシャ国際署名連絡会の若者がオンライン証言会の提案をしてくれて、新たな出会いがありました。今後も彼らと協力しながら、限られた時間の中で核兵器のない世界を実現したいと思っています。

木戸季市さん(日本被団協事務局長)

第一報を聞いたときは「やったー!」という思いでした。同時にあの日見た長崎の光景が蘇ってきました。岩佐さんや山口仙二さんなど、多くの方が核兵器の廃絶運動を続けてこられました。私は51歳のときから被爆者運動を続けてきましたが、「もう誰もこの地球上で被爆者になってほしくない」という想いのもと、精魂を傾けてこられた方々に、原爆とはなにか、被爆者が人間らしく生きるためには、ということを教えて頂きました。そんな中で、なぜ日本政府は核兵器禁止条約に真っ先に批准すべきなのにしないのかということを、日本国民全員が考えなければいけません。日本政府の核政策を変えさせなければいけません。変えるのは内閣総理大臣ではなく、日本国民です。禁止条約ができた今がチャンスです。そういう方向に政策を持っていくように、国民のみなさんと被爆者が手を取り合って、そういった運動を進めなけばいけないと思っています。

林田光弘(キャンペーンリーダー)

核兵器禁止条約が発効されるまでに、被爆者の方々どれだけ待ったのかということを、私たちは改めてきちんと考えなければいけません。禁止条約の議論が始まってから今日までの道のりは確かに早かったかもしれませんが、被爆者の方々は人生が破壊されてからずっと待ち望んだことですし、今日に間に合わなかった方もたくさんいらっしゃいます。75年間待ち続けた被爆者の方にとってはもっと大きな想いがあるということを、私たち人類自身が受け止めなければいけないと感じています。核兵器の議論をするときに、そこに人間の顔はあるのか、今日までに亡くなった被爆者の方のこと、これから亡くなるかもしれない方のことをきちんと想像しなければいけないと思います。その転換を起こす1つのツールとしてヒバクシャ国際署名は改めて意義深い活動だと思います。1月22日の発効までに、核兵器を無くしたいという世論を一人でも多く集めて、世界の指導者の方々の心を動かしていきたいと決意しています。

今まで被爆者運動を担ってこられた全ての被爆者の方や、その想いに応えてこの運動を続けてこられた全ての方の力と想いによって、まもなく核兵器禁止条約が発効されます。発効までの90日間で、現在よりもさらに多い「核兵器はいらない」という市民の声を集めるために、被爆者の方と一緒に努力をしていきます。

◆記者会見全編はYoutube配信に協力いただきましたChoose Life Projectのアーカイブよりご視聴いただけます。

◆報道

  • しんぶん赤旗 「日本政府に批准促そう」(2020年10月27日掲載)
    https://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2020-10-27/2020102701_04_1.html
  • 時事通信 「被団協、条約参加「今からでも」 核兵器禁止、政府に求め」(2020年10月26日掲載)
    https://www.jiji.com/jc/article?k=2020102600972&g=soc
  • 毎日新聞 「核禁止条約 「政府は何も考えていない」 署名拒絶、憤る被爆者」(2020年10月27日掲載)
    https://mainichi.jp/articles/20201027/ddm/041/040/086000c?fbclid=IwAR0vbJASWrRJqCGblYURXFxjiM9W24bjt2A6NA6ogINjL5jOjGhdN8NSmOQ
  • 朝日新聞 「核禁条約不参加「日本の姿勢、変えたい」 ヒバクシャ国際署名、年末まで延長」(2020年10月27日掲載)
    https://www.asahi.com/articles/DA3S14672910.html?fbclid=IwAR1x8BU4q6WL9Z1JcSgyiOfeFUI_RKD39awwpUVzIdzBSRBMPu5qP8EmZfY
  • 共同通信 「核禁止条約「政府に批准させる」」(2020年10月26日掲載)
    https://www.47news.jp/news/5421276.html

NEWS

私も署名しました

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ジョディ・ウィリアムズ

地雷禁止国際キャンペーン 1997年ノーベル平和賞受賞者

Gotch

ミュージシャン

東ちづる

俳優、Get in touch理事長

サチャ・ヨレンティー

ボリビア国連大使

クリフトン・ダニエル

米国第33代大統領ハリー・S・トルーマン孫

安田菜津紀

フォトジャーナリスト

四角大輔

作家、プロデューサー、冒険家